新たな出発

シスター 山本 久美子

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 人生にはいろいろな節目の時があり、私たちは、その度に新しい出発点に立たされます。新たな出発というと、喜びや希望、祝福というような言葉を連想しますが、必ずしも肯定的なことばかりではありません。それぞれの人生は、喜びや悲しみの時、成功や失敗の経験、出会いと別れの繰り返しで、自分の理想や希望通りに事が進まないこともたくさんあります。

 幸か不幸か、私は、これまでの人生の中で大きな挫折や喪失の体験をしていません。もしかすると、私が挫折と受け止めてこなかったとも言えるかもしれません。病気や事故、自然災害、昨今では、新型コロナウイルスなどの感染症の拡大等、自分にはどうしようもない「不可抗力」に起因した問題も考慮する必要、緊急性もあることを実感しています。しかし、多くの場合、私はどのようにその出来事を受け止め、対応することができるのかという自分の選択次第だと感じます。

 大きな失敗や喪失体験によって、自暴自棄になるのか、それとも新たなチャレンジとして心を切り替え、新たな出発の機会とするのか、それは最終的には私たち自身の選びだと思います。しかし、同時に予期せぬ大きな出来事に出くわし、対応していく自信が自分の中にあるとは言い切れません。

 最近、大病を患った一人の教会の友人の言葉が心に残りました。「病名を聞き、確かにうろたえましたが、どこか無闇に安心していました」と。この友人の「無闇な安心」という表現から、信仰という恵みの力と「不可抗力」に対応する強さを私は教えられました。これから起こり得るあらゆる出発点で、私はただ神にのみ信頼して歩むことができると実感させられたのです。

新たな出発

岡野 絵里子

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 「新たな出発」と聞くと、それだけで気持ちが晴れるような気がする。「出発」も「新たな」も希望を感じさせる前向きな言葉だからかもしれない。

 「新たな」つまり「新しい」という語は、いろいろな使われ方をする。新鮮で生き生きとした野菜も「新し」く、今までには存在しなかった斬新なデザインも「新しい」。そして、何かを初めて行うことを「新しい」といいながら、以前あったものを改めて、もう一度始めた場合もまた、「新しい」というのである。

  考えていくと、「新たな出発」が初めての出発に限らないことに気づく。過去の経験から立ち上がり、気持ちを切り替えての再出発も新しい出発なのだ。

  昨年、友人が転職をした。元の職場より働きやすく、自分に合った会社に移ったので、明るい再出発、リスタートだった。彼女は仕事の役割もよく果たすだけでなく、 心配りも出来る優しい人柄なので、新しい職場でも、き っと周囲の人々をなごませることと思う。窓を開けるように、彼女が一日一日を新たにしていく姿が見えるような気がする。

 「その日一日をよい日にしたいの」と彼女は言ったことがある。何ひとつ失敗のない立派な人生を送ろうとすると難しいが、やって来る今日一日を明るく過ごすことなら出来るそうだ。それを続 けていけば、確かに人の一生は明るく輝くことになる。

 彼女からは、教わってばかりだ。恩返しと言うほどではないけれど、新たな出発のお祝いに気持ちばかりを贈ろうと思う。優しい色の傘はどうだろうか。窓から陽を入れたくても、冷たい雨が降る日もある。そんな時は、この友情の傘で降りかかるものをよけてくれますように。

  祈りを込めて贈りたい。


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