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ある人の一言

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 「間違えてもいいのよ、さあ、弾いてごらんなさい」

 これが、小学3年生から社会人になるまでの20年余りお世話になったピアノの恩師、紀(のり)先生が最初に私にかけてくださった一言でした。ミスタッチを一切許さなかった前の先生のレッスンに耐えられなくなっていた私にとって、この一言は救いとなり、ふたたびピアノへの情熱を呼び覚ます転換の言葉となりました。

 先生はフランスの世界的なピアニストの愛弟子でしたが、偉ぶることなくレッスンしてくださいました。そしていつも、「音楽は、まず感じて楽しむことよ。間違えたっていいのよ」と繰り返し言い聞かせてくださったのです。

 結局、私はピアノを仕事に選びませんでしたが、離れることはありませんでした。いまも、紀先生と同じくフランスで歴史的なピアニストに師事して世界で活躍されている先生にレッスンをしていただき、勉強と演奏活動を続けています。

 さすがにいまは、間違えてもいいと思って弾いてはいませんが、紀先生の言葉は常に心に響いています。まずは感じて楽しむこと。そして真に感じるには、ちゃんと間違えて、ちゃんと正すという行程が必要なのです。

 イエスは、「あなたがたの中で罪を犯したことがないものが、この女にまず石を投げなさい」と言いました。(ヨハネ8・7)熱心なクリスチャンだった紀先生の言葉とともに、私はいつも、イエスのこの言葉を思い出します。罪と間違いは違いますが、失敗を「当然起きるもの」として受け入れるという視点は同じだからです。

 いま師事している先生が大人の私を受け入れて教えてくださるのも、私が自分のミスを素直に直視できるからかもしれません。間違えて正す経験は、神様の恵みなのでしょう。