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夏の思い出

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 子ども時代の夏の思い出は?と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは小学校の頃の夏休みの宿題である。中でも、絵日記には色々な思い出が甦る。

 私の家庭では、大人と子供の区別をはっきりつけていて、食事の献立も違っていたし、旅行も大人だけが行き、子どもは手伝いの人と留守番をしていた。旅行や行楽に行かなくても子どもは充分楽しく過ごせて、特に不満はなかったが、絵日記に書く材料がないことには困った。私は金魚鉢の水を替えたことや西瓜を食べたことなどを書き、それ以上はもう材料がなくなってしまうのだった。

 ところが或る年、近所にある大きな川の河川敷から、花火が打ち上げられることになったのである。子どもにとって、これは素晴らしい出来事で、昼間のうちから、嬉しくてはしゃいでしまうほどだった。そして更に嬉しかったのは、両親が家にいたことで、その夜は、家族皆で家から花火を眺め、楽しんだのである。

 笛のような音に胸を躍らせていると、間もなく巨大な火の花が美しく空に開く。少し遅れて大きな破裂音が聞こえる。花火は様々な色の菊の花になったり、滝のように流れたりして、夜空に広がり続け、いつまでも見飽きなかった。

 母は幼い妹を抱っこしており、家族が一緒に同じ方向を見ていた。それがとても貴重なひとときだったことが、両親が亡くなってしまった今ではよく分かる。私たちが見ていたのは、華やかに開いては儚く散って消える、人の一生のようなものだった。そしてそれは本当に美しかった。

 ただ、その日の絵日記に何と書いたかは、不思議なことに、思い出すことができない。