ヴィッキー・ディレニーが書いた、アメリカのライトミステリー、「クリスマスも営業中?」の一節に、はっとしました。
この本では、一年中クリスマスを演出して商店街を活性化しているのどかな町で、突然事件が起きます。クリスマスで町おこしという点で一致しているはずの住民たちの間に漣が立ち、ストーリーが展開します。
その中で、語り手の主人公が問いかけるのです。クリスマスを商業だけに利用することはたしかに良くないけれど、それなら飾りつけもしないでクリスマスを過ごすことが私たちにできるか、と。
この町は、クリスマスを商業に活用してはいても、背後にイエスの誕生を大切に思う精神がしっかり存在しています。手作りの飾り物やケーキを売って、世界の人たちにクリスマスの喜びを味わってもらうことも、この町にとっては祝いのスタイルだと分かります。お店毎に心を込めた小品やご馳走を用意している町の人たちを描くことで、作者はクリスマスの精神を表現しているのでしょう。そして、精神面を大切にしているからこそ、町を挙げてクリスマスが演出できるのだと言っている気がしました。
クリスマスの過度な商業化には疑問があります。でもこの本を読んで私は、イエスの誕生を大切に思う心をきちんと持っていれば、クリスマスとの向き合い方はさまざまあっていいのではないかと思いました。美しい音楽と祝いの雰囲気の中で人と触れ合うことや、苦しむ人々と深い時間を分かち合うことなど、教会の外でもクリスマスへの思いは色々な形で表現されます。
現代は多様性の時代です。色んな形で祝われながら、教会の中だけでなく、外の世界でも大切にされてこそ、クリスマスは「本物」になるのではないでしょうか。