5月のはじめに行われた演奏会で、私は、クレーマー作曲の「聖家族のためのミサ曲」全曲を指揮しました。これは教会の大祝日のミサやチャリティーコンサートでも指揮をした事のある私の大好きなミサ曲です。
この曲を新しい年号の聖母月に演奏し、来場してくださった皆様と共に心を一つにして、本当の意味での「家族愛」を分かち合う事が出来ました。
もうすぐ70才を迎えようとする私を、喜びと挑戦する気持ちへと導いてくださる主キリストへの感謝、また、私を支えてくださる多くの人々への感謝を忘れたことはありません。
「聖家族」の中での聖母マリアは、亡くなってもなお「私の青空」であり続ける、母と重なります。
雪国の田舎から片道2時間近くかかるカトリック幼稚園へ入園し、聖母マリア様に手を合わせて祈った事が、私の教会との出会いでした。
なぜカトリック幼稚園、と今思い起こすと、母が戦前大阪で住んでいた頃、カトリック学校への入学を断念したからという母の思いに結びついているようです。
少しピアノが弾けた母は、私にオルガン・ピアノ・声楽を勉強させてくれました。
帰省した時、お互いに照れながら、私がピアノと歌のレッスンをしたあの頃の、幸せなひとときを母はきっと喜んでいてくれたと思います。
母はそばにいなくても、私の喜びも、悲しみ、そして苦しみも、何も言わずにすべてを受けとめていてくれたように思います。
入院して眠っている母には、そっと手を握って、「おかあさん」と、言う事しかできませんでしたが、「かあちゃん!」と大声で叫んでいた時代は、今も私の心の中で生き続けています。