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母のぬくもり

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 母はとてもおしゃれな人でした。洋服に合わせて帽子をかぶるとまるでモデルさんのようでした。冬になると、黄八丈の着物姿に白い割烹着で働いていました。その姿はきりっとして、私は大好きでした。ところが母は、子供たちのために洋服を作ったりするのが大の苦手だったのです。私たちに洋服を作ってくれたことは一度もありませんでした。

 私は4人姉妹の3女として生まれました。そのため私の着る服はいつも姉たちのおさがりでした。戦後の物不足の時代です。私はそれで満足していました。

 私が小学校2年生の頃だったと思います。ある日、一人の同級生がウエストの所にたくさん襞があるプリーツスカートをはいてきました。ピンク色のそのスカートはくるっと回ると、襞が傘のように広がります。周りの友達もその子の所に集まってきました。

 「わあっ。すてきね。」

 次の日のことです。別の友達が言いました。

 「見て、私の緑のスカート。」

 腰を振ると、その度にスカートの裾がふわっと広がります。それを見た私は、そんなスカートが欲しくてたまらなくなりました。

 「お母さん。お願い」私は生まれて初めて母に頼みました。「裾がふわっと広がるプリーツスカートを作って。作って」

 1週間後、母は私の願いに応えて、スカートを縫ってくれました。黒生地でウエストの所はゴムで縮めてあります。

 早速、着てみました。スカートというよりずた袋のように見えました。いくら腰を振っても少しも裾が広がりません。私は心底がっかりして、声も出ませんでした。しかし、洋裁の苦手な母が私のために一生懸命作ってくれたスカートです。その行為に母のぬくもりを感じ、60年以上たった今でも忘れられないのです。