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母のぬくもり

シスター山本 久美子

今日の心の糧イメージ

 私が3歳くらいの頃、母が戸棚の中から小さなチョコレートを取り出して、私にそっと差し出してくれたことがありました。これは私が覚えている私と母との最初の思い出です。その出来事の前後に何があったのかは、すっかり忘れてしまいましたが、まだ自分一人でおやつを買いに行くこともできなかった幼い私は、母から、当時高級品だったチョコレートをもらって、嬉しくてし方ありませんでした。

 時折、何となく、この過去の場面が思い出されることがあり、なつかしく感じてきました。しかし、随分後になって、気付いたことは、母からもらって、嬉しくてたまらなかったはずのチョコレートを実際に食べたことやその味、おいしさを、全く私は覚えていないのです。

 私が鮮明に覚えていて、思い出せるのは、母がチョコレートの包みを大事そうに私に渡してくれ、優しく声をかけてくれたことだけなのです。

 このことに気付いた時、私にとって何よりも大切なのは、母の存在だったということがわかりました。幼いながら、私はチョコレートそのものよりも、チョコレートに込められた母の思いが何よりも嬉しかったのだと思います。

 この母との最初の思い出は、3歳の私には理解できるはずもありませんでしたが、母の生き方を象徴的に表しているように感じます。母は、いつも、そっと日々の生活という戸棚からたくさんのことを私に分けてくれていたのです。母の愛情とぬくもり、私のために捧げてくれた日常の苦労、自分のことを脇に置いて、いつも大切なものを私に差し出してくれた母を思い出しながら、私は、今、母を通して、御自分の愛の深さを示してくださった神様に、感謝の念で一杯なのです。