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父のぬくもり

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

 幼い頃に父と生き別れになってしまった私にとって、父は背筋を伸ばして法廷に立ち、正義のため勇気ある発言をした、理想化された男性です。

 陸軍の参謀であった父は戦争裁判の法廷に立っていました。

 別れ際に私の小さな手をしっかりと握り、温かい両手で顔を包みこみ「平和が一番」と囁いた父を誇りに思って成長しました。

 私にとって父のぬくもりといえば、今もほほに甦る手の温かさです。

 年月が過ぎ、父の日が6月に祝われるようになったのは、母の日が定着していたのに比べ、だいぶ後になってからと記憶しています。父の日には祖父と二人の叔父に感謝の言葉を書いた手作りカードを用意し、高校生になってからは、それなりのプレゼントも用意してお祝いしていました。

 医者の祖父は近隣から「赤ひげ先生」と慕われた人格者で、私の親代わりでもあり尊敬していました。叔父の一人は母の弟で、芸術文化に理解があり、もう一人は母の妹の伴侶で、学問もスポーツも万能で、私の強力な応援団で随分かわいがってくれました。

  

 結婚してからは、父の日は義理の父に感謝を伝える日にもなりました。大学の恩師でもある義父は、私を「最後の生徒」と周囲にも紹介し、彼が目指した本物体験重視の美術教育を私に託しました。義父亡き後、彼を記念する美術教室を開設し、50年が過ぎました。

 父の日が巡ってくると、天国で神の御許に憩う、敬愛した懐かしい5人の父たちの写真を並べ、私は神様に心からの感謝の祈りを捧げます。

 5人は各々過酷な戦争体験をして、何よりも「平和の尊さ生命の大切さ」を私に伝えてくれました。国際平和美術会創立会員として絵画を発表出来るのは、彼らの温もりを感じているからです。