▲をクリックすると音声で聞こえます。

父のぬくもり

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 父が子ども用のスキーを買ってくれたのは、3歳を過ぎた頃だった。父は実家近くのスキー場に連れて行ってくれた。初めは子ども用のところで滑っていたが、山頂から滑ってくる人たちを見て、いいなと思った。父はスキーが得意だったので、リフトに乗り、私を膝の上に乗せて山頂を目指した。リフトを降りると、父はジャケットをおんぶ紐のようにして、私を背負った。父はシュプールを描きながら山を滑り始めた。私は父の背中の中から外をのぞいていた。初めて雄大な山をスキーで滑り、私は父の背中のぬくもりの中で大喜びだった。

 しばらくすると吹雪になった。スキーヤーはいっせいに麓を目指して滑り始めた。吹雪は強さを増し、方角がわからなくなった。父は私を背負っていなければ、直滑降で麓まで一気に滑っただろう。

 必死に滑っていると、深い谷まで続く杉林が目の前にあった。父は焦った。小さい頃からこの山で滑っているので、方角を間違ったことに気づいたのだ。今滑ったコースをまた戻った。スキーの跡があったので、またゆるやかに滑り始め、一つめの山を越えた。

 父は幼い私を連れてきたのを後悔したかもしれない。さらに二つ目の山が見えた時には父はほっとしたようだった。この山を越えれば、麓まで行く最後の山に至る。二つ目の山を越えた頃から吹雪はやんだ。

 この最後の山を滑って麓近くになったとき、父の父親が立っているのが見えた。私にとっては祖父だ。父にも父親が待っている。父はふうっと大きな息をした。父も私も大きなぬくもりに包まれた。

 幼い日のことを思い出すと、詩編のみ言葉が心に響く。

  

 「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない」(23・4)