私は父のぬくもりを知りません。私が満1歳の誕生日の15日前に病気で急に亡くなってしまったからです。しかし、今回、「父のぬくもり」というテーマから、8ヶ月くらいの赤ちゃんの私を抱いた父の写真を手にとって、しみじみ眺めました。
父の腕の中で動き回る、やんちゃそうな私を見守っている父の優しい横顔、抱きかかえた大きな腕や胸から父の肌の暖かさを感じ、私をあやす父の声まで聞こえる気がして、胸が熱くなりました。私にも、父のぬくもりに包まれたこんな幸せなひとときがあったのだと。
父亡き後、母が実家に帰り、隠居していた祖父の庇護の元で私は何不自由なく育ちました。しかし祖父が病気でもすると、とても不安でした。
若い両親のいる友達がうらやましくて、そんな普通の家庭を持つことが私の夢となりました。
結婚してからは夫に守られて、貧しいながらも、主婦として4人の子育てに没頭していました。
5歳の長女をカトリックの幼稚園に入園させたことで、キリストの教えに触れ、天地万物を創られた神さまが、変わらぬ愛で私たち一人一人を温かく見守って下さっていることを知った時、私はどんなに嬉しかったかしれません。私の真の父、天の御父を見出したからです。それからは写真でしか知らない父や育ての親の祖父のためにも天の御父の祝福を祈るようになりました。
もし父が元気でいたら、子供時代のあの淋しさ、心細さを感じなかったかもしれませんし、夫や子供たちとの平凡な家庭生活の幸せを、神さまや周りに感謝して大切にすることをしなかったかもしれません。私に弱く欠けたところがあったからこそ、それを限りなく満たしてくれる大きな恵みを受け入れることができたような気がします。