▲をクリックすると音声で聞こえます。

父のぬくもり

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 私の父は、高度成長期のサラリーマンでした。心優しく、私をかわいがってくれる人なのですが、なぜか若いころは、よくぶつかりました。性格が似ているためではないか、というのがお互いの分析です。

 ところが不思議なことに、父と私の間には、実は強く通じ合うものがあると感じるのです。あちらも同じと見えて、私にとって大切なことについては、意見が違うときほど何時間でも話しに付き合ってくれるのでした。

 学校や教会、お稽古やコンサートへの送り迎え、家族旅行と、父はいつも車を出してくれました。私が病気や怪我をすると、せっせと車を走らせ、私の通院や、見舞いにくる母を助けてくれました。

 

 私がエッセイストになってからは、講演活動にもたびたび同行してくれました。父は激務を勤め上げながら、私のために時間を取って運転し、歩みを助けてくれたのです。

 その父が数年前、運転免許証を返納しました。最後に車に乗せてくれたのは、正月の帰省から自宅への道。下りしなに私は、「いままでたくさん乗せてくれてありがとう。最後まで無事故で車を納めてきてね」と言いました。すると父は、静かに「うん、分かったよ」と応えました。

 父がしてきてくれたことはもちろんですが、私は、父がいつも、そっと傍にいてくれたこと、そしてハンディキャップに閉じこもらないよう励まし続けてくれたことに、一番感謝しています。

 本気で私と向き合うことで、人間の弱さと強さを直視するよう教え、黙って運転する姿を通して働く姿勢を見せてくれた父。

 親元を離れたいまも、私の人生の段階に応じて、素直に、対等に意見を言ってくれる父。そうやって私を尊重し、高めてくれる生き方こそが、私にとって、父のぬくもりだと思います。