わたしの父は、厳格さの中にも優しさを秘めた人でした。
わたしが10歳のとき、父は亡くなりましたが、10人兄弟の末っ子として育ったので、可愛がってくれました。特に戦時中だったので、物資が不足している時代でしたが、子どもの健康のために滋養のある食べ物を探していました。
父との思い出は、あまりありません。何しろ大家族でしたから。けれども、家は書籍や雑誌や文房具などを売っている商店でしたから、小学生の頃、学校から帰ると、お店の掃除などをさせられました。そのとき、父が真面目な顔でわたしに言った言葉があります。「商人は、信用が一番大事だから、嘘をついたり、ごまかしたりしてはいけないよ。約束などは必ず守ることだよ」と。
その、父が言った信用の大切さというのは、後で、学校を卒業して神田で出版業をしているとき、非常に役に立ちました。越前さんは、信用できるということで、銀行でさえ、抵当なしにお金を貸してくれましたし、多くの知識人や作家や評論家の先生方に可愛がられました。また、戦後の貧しい時代でしたが、本当に困ったことはありませんでした。
父の自慢話をするわけではありませんが、地方の小さな町でしたから、なにかと町のために貢献しました。助役をやったり、消防署を創ったり、河川に橋を架けたりして、表彰もされました。
長男の息子は、わたしの甥にあたりますが、私と一歳ちがいなので、父は息子のわたしと、孫を同時に可愛がってくれました。
亡くなった姉の話だと、町に火事が発生すると、真っ先にわたしを先におんぶし、その次に孫を抱いて逃げたそうです。
ともあれ、「偉い親父」と今でも尊敬しています。その遺伝子がわたしにもあるのだろうかな・・と思う日々です。