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『今日の』祈り

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 朝のミサを終えた後、わたしは聖堂に戻って5分ほど静かに祈ることにしている。今日一日に果たすべき使命を思い巡らし、そのために必要な力を神に願うためだ。

 幼稚園の子どもたちに、今日も神様の愛を伝えられますように。刑務所の受刑者たちの心に、今日も希望の光をともせますように。教会に集う人々の、心の支えになれますように、などと祈っていって、最後はいつも「今日果たすべき使命を、精いっぱい果たすことができますように」と締めくくる。

 先のことまで心配して祈り始めればきりがない。教会が抱えている様々な問題のこと、自分自身のこれからのことなど、気がかりなことはいくらでもある。だが、あまり先のことまでは考えないようにしている。「今日一日、自分にできる限りのことを精一杯にしていれば、必ず道は開ける。神様が一番よい道を準備して下さる」と確信しているからだ。実際、どんなに先のことを考えたとしても、わたしたちが実際に変えられるのは今日だけだ。今日という日が積み重なって、未来を作ってゆく。先のことを心配するために今日を使ってしまい、今日すべきことをしなければ、未来はいつまでたってもやって来ない。わたしは、そう考えることにしている。

 「明日のことまで思い悩むな。その日の苦労は、その日だけで十分である」と、イエス・キリストは言っている。(マタイ6・34)一日一日を精一杯に生きていれば、先のことは必ず神様がなんとかしてくださる。何も心配する必要などない、ということだ。先のことは神様の手に委ね、今日一日にすべてをかけて、与えられた使命を精一杯に果たしてゆく。それが、わたしたちにできる最善のことであり、一番幸せな生き方なのではないだろうか。