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『今日の』祈り

シスター山本 久美子

今日の心の糧イメージ

 「祈り」とは、多くの人は、目に見えない神仏に「願い事」をする、あるいは「手を合わせる」と云う行為だと思われるかもしれません。確かに、祈りにはそういった意味も含まれるでしょう。

 しかし、日本語の「いのり」の語源を調べると、単なる「願い事」や、「手を合わせる」こと以上の意味が込められていることがわかり、「『今日』の祈り」の大きなヒントになりました。

 「いのる」は、もともと自分の心や思い、意図を宣べる、宣言するという意味で、この意図の「意」と宣言の「宣」の字が当てられていたそうです。また、「生き生きと生きる宣言」という意味を込めて、生きるの「生」と宣言の「宣」の字が当てられていたとも言われています。私にとって、「今日」を「祈る」というのは、まさにこの「いのり」の語源の意味通りだと感じています。

 何かを「叶えて下さい」と頭に浮かぶ願い事を羅列するのは簡単なことですが、今、ここで、自分は心の深いところでどのように感じ、どのように生きたいと望んでいるのか、真剣に味わったことがあるでしょうか。自分の心の奥深くを見つめ、深い思いに気付いていくプロセスは、そのまま自分の「人生」・「いのち」に触れることだと思います。そして、本当の自分自身を神様に委ねることで、生かされている「いのち」を宣言し、神様のより大きないのちに触れることにつながると思います。

 正直な本物の自分自身に向き合い、その自分を生かしてくださる大きな「いのち」、神様に触れ、「出会い」「関わる」中で、謙虚に、今日この時を「こう生きていきます。見守っていてください」と、神様に宣言することが、本来の「今日」の「祈り」なのではないでしょうか。