負けるが勝ち

小川 靖忠 神父

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時間の経過が速く感じられるときは、仕事も、やることなすことすべてが、順調である証拠だといわれたことがあります。確かに充実感もありますね。

 さて、今年1年はどうだったでしょうか。

 改めて問われると、パッとしない返事が返ってきそうです。そうです。トータルで振り返ってみると、苦い経験だけが思いだされる確率が高いからです。「充実」しているときが少ないのか、全体としてネガティブに見てしまいがちになります。

 結果からみれば、すっきりとしなかったかもしれませんが、無駄になっていることはないはずです。自分の意に沿わなかったというだけです。気分はよくないかもしれませんが、得るものはあったはずです。ちょっとした気分の悪さが、プラスのことも含めて、すべてを否定してしまうのです。こうした積み重ねが、その人の「人となり」となってその人を形成していきます。

 親御さんの中で、二言目には「バカ」「グズ」といってわが子を罵倒するタイプの方がいらっしゃいます。子どもたちにも覇気がなく、「子どもらしさ」がなくなっていきます。しかし、ちょっとした親御さんの変化でお子さんも変わるのです。

 それは、「いいね」「さすがね」という言葉を使うようになったからです。「バカ」の代わりに「いいね」と声かけするようになったところ、子どもが変わっていったというのです。

 他のお子さんに勝ちたいために激しい言葉を使ってわが子を鼓舞していた親御さん。大事なことは、お子さん自身の個の確立です。他者に負けても、自分への勝ちはあるのです。お子さんの成績も上がっていったとのこと。

 自分の「欠点」も良いことにつながっている確信のもと、今年を振り返り、新年に決意しましょう。

クリスマスと洗礼

崔 友本枝

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「洗礼」の秘跡を受けてキリスト者となった人は、イエス・キリストが愛してくださったように自分も人を愛そうと努めます。

 「アリの街のマリア」と呼ばれた北原怜子さんの生涯を見てみましょう。

 怜子さんは終戦直後の昭和24年に洗礼を受けました。誰もが貧しい時代で、土手に穴を掘って暮らす人、土管を住まいにする人もいました。怜子さんはゼノ修道士によって隅田公園の一角の「アリの街」を知りました。そこでは廃品回収をしながら100人以上の人たちが肩を寄せ合って一緒に暮らしていたのです。怜子さんは、子供たちのクリスマス会を頼まれてからは毎日、歌やお祈りや勉強を教えに行きました。彼女は、次第にご自分に対する神さまのお考えに気づきます。そして、ついにアリの街に住んで廃品回収業者になることにしたのです。比較的裕福な家庭で育った彼女にとっては生やさしいことではありません。後に病のため働けなくなりますが、狭い部屋に住み、いつも微笑みながら周囲の人に温かな言葉をかけ、皆を愛しつづけました。

 その頃「アリの街」は東京都から立ち退きを命じられていたのでリーダーは嘆願書を書き、移転の許可を願いました。しかし条件が厳しく、道が見えません。怜子さんはご自分の命と引き換えに、移転先が与えられるように祈りました。祈りは聞き入れられ、「アリの街」に住む150人の生活は守られました。その3日後、怜子さんは28歳の若さで天に召されたのです。

 怜子さんは、キリストのように人を愛し、真に「神の子」として生き抜いた人と言えるのではないかと思います。

 この意味で、「洗礼の秘跡」も、その人の中に「神の子が誕生する日」として、「クリスマス」なのだと私は思うのです。


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