私の場合も、母が最初に教えてくれた歌は、「お山のお山の尼寺に・・」というもので、「赤い椿が咲いたとさ、咲いたとさ」という歌詞があり、哀しいようなメロディーとともに、真っ赤な椿の花のイメージもあざやかに目に浮かびます。これって、人生の根っこのところにある、自然の風景のひとコマなのかもしれません。
それともうひとつ、大人になってから長く住むことになった長崎の自然、そのやさしいおおらかな山並みと海は、わたしにとっていつまでも「恋しく」「慕わしい」母なる自然のようです。
けれど、わたし達を育んでくれる自然の究極は、わたし達の「からだ」ではないでしょうか?わたし達の「からだ」は、なんといっても神さまがお造りになったそのままの姿なのですから。
赤ちゃんの誕生は生命の神秘、神様の神秘です。それと同じように、わたし達の「からだ」は新鮮な息を吸い、美しい自然の中で育まれていく、自然の神秘だと言えるかもしれません。
もっともっと「からだ」の声を聞きとってあげなくては、と思うこの頃です。