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目覚める

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

電車の中で、すやすやと眠っている赤ちゃんを見た。母親の胸に抱かれ、安心して小さな瞼を閉じている。無垢な瞳が目覚め、世界に向かって開く瞬間はどんなだろう。その光の瞬間を思っただけで私の目にも眩しいものがあふれて来るようだった。

世界とはどんなところなのか。そして自分自身は何者なのか。それらは、まだ自分が確立されていない青年の問いのように見える。だが、たとえ社会で成功をおさめ、その仕事や人柄が多くの人々に知られるようになっても、『私は本当は何者であるのか』という問いは、心の中で続くのではないだろうか。

人の一生とは、人が目覚め、自分自身を知るまでの長い時間のことなのではないか、と私は思っている。誕生したばかりの無垢な瞳で世界を見て以来、人は何度も目の覚める思いをしては、生きることを深めていく。その道のりを進むために、人には長い時間が与えられているような気がする。

私たちは一生をかけて目覚めていく。目覚めて世界を見つけ、生きることを見つける。何と恐ろしく、同時に素晴らしい時間だろうか。そして最後に見つけるのは自分自身なのだ。

私たちには、様々な仕事において、文字通り我を忘れて努めなければならない時期がある。この時ばかりは、自分自身を見つけるどころか、自分の健康も顧みず、食事すら忘れてしまう。自分自身に出会えるのは、そんな経験の後の、締めくくりの時期かもしれない。もっとも重要な人生の課題が、最後に私たちを待っているのである。

暖かい光が私たち一人ひとりの上にある。初めて世界を見た光の瞬間を人は皆、与えられていたのだ。それは輝く恵みではなかったろうか。ささやかでも進んで行きたいと思う。光とともに目覚め、知ることへ。