2018年07月25日の心の糧


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目覚める

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ 「起きたの~」「起きたよ~」。「じゃあこちらにいらっしゃい。あらあら、まだ頭がぼーっとして寝ぼけまなこじゃない...。」こんな光景は微笑ましいですね。自分では起きている様に思っていても、ほかの人から見るとまだ完全には目覚めていない様に見えることもあるのかも。

話は変わりますが、車を運転していると、様々な情報が目に入ります。前を走っている車、歩行者、自転車、信号、標識などなど。目からの全ての情報を、100パーセント頭で把握し、それを生かして運転できれば良いのですが、中々そうはいかないものですね。

自分だけでは気づきにくいものも、例えば、車の助手席に誰かが乗って見ていてくれるなら、運転の助けになりますね。次の交差点は信号機はないけれど、一時停止の標識があるから、一旦止まらないと...とか。もうすぐ横断歩道、その先には踏切...など。

注意していれば十分判るものでも、初めての道だったり、逆に慣れすぎた道、暗くなった道だったりすると、見なければいけないものを見忘たり、見えなくなって見落とす様なことが起こるかも知れません。これは運転に関して「目覚めていない」と言えるのかも。

日常の様々なことや、必要なことに私たちは目覚めているでしょうか。見落としたり、忘れてはいないでしょうか。それは家族との「絆」のことかも知れません。「仕事」のことかも知れません。信じているお方のこと、その生き方のことかも知れません。

自分自身で振り返ったり、誰かに見て貰い、アドバイスをいただくことも必要なのでしょうね。その様な中で、私たちはしっかり起きて歩むことができるのではないでしょうか。

私たちの日々の歩みが、目覚めた歩みであります様に。