2018年06月19日の心の糧


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悔い改める

新井 紀子

今日の心の糧イメージ 私の父は肺がんで入退院を繰り返していました。私は初めての肉親の別れに覚悟ができていませんでした。父はできていたようです。

その日、母を連れて病院へお見舞いに行くと、父の呼吸が怪しくなり、みるみる顔色が悪くなりました。驚いて医師を呼びました。医師はすぐに気道確保のための機械を装着しようとしました。ところが、父は苦しい呼吸の中でも、嫌がるのです。しかし、母も私もその装置を付ければもう少し長く生きられると思い、付けてもらったのです。その夜、父は息を引き取りました。

「あんなに嫌がっていたのに、機械を付けてしまった。付けなければ、父の言葉を最後まで聞けた・・・。」と私。

2年後、パーキンソン病を患って、体の動きが不自由になっていた母が倒れました。私たち姉妹は、父の最期の時の反省から母には望みどおりに死なせてあげようと思いました。20年以上も昔のことです。自宅での看取りを選んだのです。近所の医師も協力してくれました。

その日、1度意識を失いました。私が救急法で習った人口呼吸と心臓マッサージを施すと、母は蘇生し「Yちゃんは」と、まだ来ていない末娘の名を言ったのです。駆け付けた末娘が「お母さん、Yですよ」母の耳元で言うと、母は安心したように天国へ旅立って行きました。母の希望通り、子供たちに見守られて自宅で最期を迎えることができました。母は、父と違って最期の言葉を言うことができたのです。

私にはもう一つ反省があります。

父と母の最期に立ち会えたのに、言えなかった言葉があるのです。こんな言葉です。

「お父さん。育ててくれて、ありがとう」

「お母さん。産んでくれて、ありがとう」

父と母が元気な時に言えば良かった。今も胸が痛みます。