「お前がメシアではないか、自分と俺たちを救ってみろ」と言った。
するともう1人の犯罪人がこれをたしなめて、「おまえは同じ刑罰を受けていながら、まだ神を恐れないのか。われわれは自分のやったことの報いを受けるのだからあたりまえだが、このかたは何も悪いことをなさっていないのだ」と言い、「イエズスさま、あなたが王権をもって来られるときには、どうかわたしを思い出してください」と言った。イエズスは「あなたによく言っておく。きょう、あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」と仰せになった。==
この箇所を声を出して繰り返し拝読するといつも希望のようなものが心に湧いてくる。
イエズスさまは、どんな時にも人々への救いをみなぎらせつつおられるということがよくわかるのである。
悔い改めるのは早いにこしたことはないが、さりとて遅いということもない。
いまわのきわであっても、改心し、神さまに心の底からすがるなら、神さまはどんな人も見捨てずに天国に導いてくださるという確信がめばえるのである。
よくぞ、聖書にこの箇所を記述してくれたと2千年後の今、感謝の気持ちでいっぱいである。人生に何があっても決して絶望せず、最期の時まで神さま、神さま、と、純真な心ですがるなら、神さまはきっと手を差しのべてくれると多くの人に声高らかに伝えたい。