2018年06月04日の心の糧


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悔い改める

阿南 孝也

今日の心の糧イメージ かつて日本聖公会の教会を訪れて、カトリック教会のミサに当たる聖餐式に与ったことがありました。カトリック教会の主日ミサと共通する所がたくさんあって、嬉しくなったことを覚えています。異なっている部分もありました。それらの中から、カトリックの方がいいなと思ったことと、逆に聖公会の方がいいなと思ったことを1つずつ挙げたいと思います。

カトリックのミサでは、始めに回心の祈りを唱えます。聖餐式では、み言葉の部が終わり、聖餐の部に入る直前に、次のような懺悔の祈りを唱えます。「わたしたちは、思いと、言葉と、行いによって、多くの罪を犯していることを懺悔します」と。カトリックの回心の祈りと似ていますが、聖公会では「思い、言葉、行い」に続く「怠りの罪」が抜けているのです。私は、1番自覚することが難しいのが、この怠りの罪だと思っています。

食べ過ぎ、飲みすぎによる私のぷっくりお腹は、鏡を見る度に反省できます。しかし、集団や国レベルの怠りは複雑です。マングローブ林の減少や、多額の赤字国債を子孫へ押し付けることなど、罪の意識を感じにくいことが多いのです。イエス様をお迎えする前に、意識して反省することが必要だと思うのです。

司祭のお許しを得て、ご聖体と御血を拝領した時のことが忘れられません。司祭が私の目をじっと見つめながら「あなたのために与えられた主イエス・キリストの体です」「あなたのために流された主イエス・キリストの血です」と、力強く言われたのです。「私のせいだ」と突きつけられて、申し訳ない気持ちと、神様の愛に包まれている幸せな気持ちで、いっぱいになりました。

時には、違う宗派や、異なる宗教の礼拝に触れてみるのも、いいものです!