2018年05月30日の心の糧


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先取りする

遠山 満 神父

今日の心の糧イメージ 「み旨ならば」と祈ることは、神様のみ旨を先取りすることであり、神様の領域に足を踏み入れることなのかも知れません。にも拘らず、「み旨ならば」と祈ることは、とても大切なことではないかと思っています。それは、そのように祈ることによって私たちは、神様の意向を大切にすることを学ぶことができるような気がするからです。

誰かの意向を大切にすることが最も要求される場の一つは、終末期医療の場ではないでしょうか。病者が、明確な意思を残すことなく、重篤な状況に陥った時、周囲は難しい判断を迫られます。息苦しくしている時、病者の家族や縁者は、医療者から気管切開するのか否か尋ねられます。気管切開した後、本人との意思疎通が以前より難しくなりますが、そのような中で、今度は、点滴だけでは栄養が足りないので、胃ろうをするのかどうか、尋ねられます。そのような時、本人が答えきれなければ、身近な人たちが、その人の意向を想像しながら、慎重に選んでいきます。その人の意向を大切にすることが、その人を愛することだからです。

6月は、聖心の月と言われます。聖マルガリタ・マリア・アラコクという聖女にイエス様が出現され、世界の罪によって傷だらけになっているご自分の御心を彼女にお示しになったことが発端で、6月が聖心の月とされました。私たちは、知らぬ間に、私たちを愛してくれている人、例えば親の意向を無視し、傷つけていることがあります。イエス様は、親以上の熱烈な愛を私たちに対して持っておられ、私たち一人ひとりを、そして全人類を救おうとされています。このイエス様の意向を大切にしながら、聖心の月を過ごしていけたらと思っております。