2018年05月29日の心の糧


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湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ 私は「おとうさん」と呼ぶ人がいませんでした。私が1歳の誕生日前に父は病気で亡くなっているからです。一人息子の父の死は我が家に大変動を起こしました。

母は東京の実家に帰り、楽隠居だった祖父は、幼い兄が成長して家業を継ぐまで働く決心をし、未亡人の伯母は、3人の子と我が家に同居し・・・と、まるで「寄り合い舟」のようになりましたが、家長の祖父が、私をこよなく愛してくれましたので、父親不在の心細さや不自由さはあまり感じませんでした。

しかし物心ついた時、もう両親がいないなんて・・・。幼心の奥深くに言うに言われぬ寂しさがあり、年取った祖父がちょっと病気になったりすると、今にも死んでしまいそうな気がして私はとても不安でした。絶対的に頼れる保護者を失うことへの恐れがあったからかもしれません。

さて、私は結婚し、長女をカトリックの幼稚園に入れたことから万物の造り主である神様の存在を知りました。その神様を「天の父よ」と呼びかけて、私たちにも幼子のように「天の父なる神様」の絶対的な愛を信じるよう説かれたのが神の子イエス・キリストです。

「我が子を思う親心にもまして「天の父」の愛と慈しみは大きくて深い。だから求めなさい。そうすればあなたに一番よいようにして下さらぬはずはない」(マタイ7・7~11)というキリストの言葉が私の心に沁みました。父親不在で不安だった心の空洞が限りなく満たされたのです。

 

「天の父なる神様」は、不老不死で永遠なる存在です。その神様が私たち一人ひとりをこよなく愛し、温かく見守り、いつも共に居て下さるというのですから、こんな心強く、嬉しいことはありません。

神様への信仰は、今や私の生きる喜びと勇気、希望の源泉です。