すると、小犬がほえた。
その男性はすばやく小犬を抱き上げると、「おお、恐かった、恐かったなあ、お父ちゃんが悪かった。かんにんな」と小犬に謝り、いとおしそうに小犬の頭を撫でた。
犬は鳴きやんだ。
ほんの一瞬のことであったが、深い感動と共に1枚の絵のように私の脳裏に焼きついている。
ふだんはにこりともしないようないかつい顔の人が、小犬に対して、見せた愛情が忘れられないのである。
私の父母は、人を見かけで判断してはいけないということを常々いっていたが、そうなんだと納得したのであった。
ご近所に住んでいた男性が先日亡くなった。
80歳くらいであったろうか。50代の頃妻を亡くし、その後一人暮らしであった。
近寄りがたいものがあり、ほとんど誰ともつき合いはなかった。
しかし、私は家の前を通りかかると、一方的によく話しかけた。家の前に植木鉢が数個あり、毎朝手つきの鍋に水を入れてかけていた。
暑い日のこと。「植木も熱中症になったらかわいそうやからね」とぽつりといった。
この人の心にも植木を愛でる心がふんだんにあったのだと気付き、心が明るくなった。