2018年05月31日の心の糧

先取りする

小川 靖忠 神父

今日の心の糧イメージ わたしが司祭になるための中学校に進学する時、入学前に急性肺炎に罹り、1か月ほど遅れてしまった。家族と離れたさびしさも手伝い、不安な日々が続いたのである。

中でも、学校の教科で、小学校と違っていたのが英語だった。アルファベットからわからないことだらけで、毎晩、ベッドの中で、悔しくて泣いた覚えがある。

その時決意したことは、毎日、英語だけは復習と予習をすることであった。幸か不幸か、英語の授業は、毎時間小テストがあり、自分のその時の英語力の状態を確認することができたのである。

その時の英語教師から言われたことを覚えている。「小川君、日本語の短編小説をたくさん読むように」と。それからというもの、短編小説をたくさん読み込んだ。そして、読んだ後の読書感想を英語で書き、教師に添削してもらったのである。最初は、赤字の添削箇所で真っ赤になっていたが、白い部分が増えるにつれ、嬉しくなり、英語力に自信がついていった。また、大きくなってからの海外生活でも、役に立ってくれたのである。

後になって思ったことであるが、英語力を身につけるためには、まず母国語をしっかりとやれ、ということだったのだ、と。

日常やるべきことをしっかりとやっていくことが、すべての「先取り」になっていくということであろう。日本人が、日本で生きていくのに、日常、英語は使わない。外来語を使ったとしても、基本は日本語である。母国語の習得にもっと傾注すべきではないかと思うのはわたしだけだろうか。数年後に始まる、小学校での英語教育が、本来の「先取り」になることを祈りたいものである。

神の救いの業は、先取りそのものである。日常の積み重ねの奥にイエスが見えるといい。6月は聖心の月である。

2018年05月30日の心の糧

先取りする

遠山 満 神父

今日の心の糧イメージ 「み旨ならば」と祈ることは、神様のみ旨を先取りすることであり、神様の領域に足を踏み入れることなのかも知れません。にも拘らず、「み旨ならば」と祈ることは、とても大切なことではないかと思っています。それは、そのように祈ることによって私たちは、神様の意向を大切にすることを学ぶことができるような気がするからです。

誰かの意向を大切にすることが最も要求される場の一つは、終末期医療の場ではないでしょうか。病者が、明確な意思を残すことなく、重篤な状況に陥った時、周囲は難しい判断を迫られます。息苦しくしている時、病者の家族や縁者は、医療者から気管切開するのか否か尋ねられます。気管切開した後、本人との意思疎通が以前より難しくなりますが、そのような中で、今度は、点滴だけでは栄養が足りないので、胃ろうをするのかどうか、尋ねられます。そのような時、本人が答えきれなければ、身近な人たちが、その人の意向を想像しながら、慎重に選んでいきます。その人の意向を大切にすることが、その人を愛することだからです。

6月は、聖心の月と言われます。聖マルガリタ・マリア・アラコクという聖女にイエス様が出現され、世界の罪によって傷だらけになっているご自分の御心を彼女にお示しになったことが発端で、6月が聖心の月とされました。私たちは、知らぬ間に、私たちを愛してくれている人、例えば親の意向を無視し、傷つけていることがあります。イエス様は、親以上の熱烈な愛を私たちに対して持っておられ、私たち一人ひとりを、そして全人類を救おうとされています。このイエス様の意向を大切にしながら、聖心の月を過ごしていけたらと思っております。


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