2018年01月15日の心の糧


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ぬくもり

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ 幼い日、冬の夜は父のあたたかい太ももが私のこたつでった。

氷のように冷たい足をそっと父は自分の太ももではさんであたためてくれた。

そして、神さまのことや五島の民話を子どもにもわかるように話してくれた。

戦地から帰ってふぬけのような精神状態であった父は、すぐには働くことが出来ずにいた。そんな父を母は和裁をして精一杯支えた。

物質的には子どもたちに何もしてやれない父は、父なりの愛情を注いでくれたのだろうと今はなつかしく思う。

父は64歳で病死したが、子どもたちにお金も物も遺さなかった。というより、父の人生は不遇であったので遺せなかったと表現した方がぴったりである。

しかし、私たち5人のきょうだいは、父のぬくもりだけはふんだんにもらって育った。

「美沙子さんはよほど可愛がられて大きくなったんやろうね。その年まで、そんなに無邪気でいられることは珍しいもんね」と、よくいわれる。

 

無邪気で思い出したが、私のこれまで出会ったシスター方や神父さま方の無邪気なこと。

どうしてだろうかと真剣に考えたことがある。もちろん、両親や縁者には可愛がられたであろう。しかし、私の無邪気さなどと比べたら比べものにならないくらい天真らんまんである。

人間として努力してもなれるものではない。そして、やっと気がついた。

神父さまやシスター、ブラザーなど、聖職者は父である神さまのふところにすっぽり抱かれているから、全身全霊安心して天真らんまんなのだと。365日、神さまのぬくもりの中にあるからだと。ほんの少しでいいからあやかりたいな。