2017年11月15日の心の糧


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繋がり

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ 或る政治家の夫人の講演を聞いた事がある。夫人は障害のある子どもたちを支援する大きな団体を主宰していて、大変話術が巧みな方だった。子どもたちの映像を見ながらの講演は感動的で、聞いている人々は笑ったり涙ぐんだりした。まるで目に見えないロープが彼女のマイクから伸びて、会場の人々を繋ぎ、ぐいぐいと引き寄せているかのようだった。私は何だか興奮して夫人に協力したくなり、高額の寄付をしたくなった。私だけではなかったろうと思う。ところが、講演が終わって会場を出ると、不思議なほど熱は冷めた。そして数日もたたないうちに、熱意も関心も、何故か私の中から消えてしまったのである。

私の敬愛する詩人で、病気で療養中の方と文通をしておられる方がある。励ましが必要な方に手紙を送って交流しておられるのだ。フルタイムの仕事を持ち、家庭があり、詩人として原稿を書いた上での文通である。だから何人もの方に書けるわけではない。

そのうち一人の方の病気が進み、視力が弱くなられたので、手紙はカセットテープでの「声」の文通になった。視力が衰えて、どれほど辛かっただろう。そして自分を気遣って届けられた声に、どれほど支えられ勇気づけられただろう。この人がいてくれるから生きよう、と思ったのではないだろうか。手紙を送り合ううちに、2人の心は近づいてしっかりと繋がったのだ。

聴衆を熱狂させる話術も人を繋げることはある。だが本当に人を救うのは、時間をかけて育まれ、その人の喜びにも辛さにも寄り添う心の繋がりではないかと思う。