▲をクリックすると音声で聞こえます。

繋がり

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ

わたしどもは生活の中で、よく「ご縁」という言葉を使います。

この言葉の起源は、仏教の「縁起」の教えから来ていると思います。これは、万物はすべて持ちつ持たれつの関係で存在すると教えています。つまり、原因があれば、自動的に結果が生じるのではなく、そこに縁といういわば諸条件が加わる時に、結果が生じるのだと教えます。それはいわば自然法則のようなものでしょう。

宇宙の万物はみな、微妙な仕方でつながり合い、関係し合っています。ですから、たとえば、自分独りだけ、こっそりと悪いことをしても、誰も分からないだろうと考えることは、間違っています。

昔の人はお天道様が見ているのだよと言われたものです。それは比喩的な言い方でしょうが、わたし自身、こっそり悪いことをしたとき、誰も見ていなくても、必ずその結果である懲罰が襲いかかってきました。

戦後まもなく、私が小学生のときに、近所の友だちと、バラック造りの金物屋に入って、洋食の道具、ホークやスプーンや皿を盗んだことがあります。盗んだ金物はみな、店の裏庭に穴を掘って捨ててきましたが、しかし、そのことはちゃんと学校の担任の先生に知られていました。そして、先生からこっぴどく叱られました。

ちゃんと見ているひとがいるんですね。

反対に、隠れて独りで祈ったり、善いことをしていると、その結果、良いことが沢山起こります。わたしは戦前、戦中、戦後と数多く乗り物に乗りましたが、一度も事故に遭ったことがありません。それは乗る前に安全を祈っているからだと思います。

このように、繋がりを意識して、良いことを念ずるときには、波動のようにそれが広がっていくのです。