救急車で病院へ運ばれた息子は集中治療室に入り、人工呼吸器をつけて3日間眠ることになりました。息子がどうなるかわからない不安の中で、私は病院ロビーの暗がりで泣き崩れる妻の姿を見て、最悪の事態を想定しました。普段は妻に助けられてばかりで頭の上がらない私も、消え入りそうなほど小さくなった妻の肩に手を乗せると、「周ちゃんの生命力を信じよう、一緒に闘おう」と、声をふり絞りました。
夜は明け、妻と私は思いつくまま日頃助けていただいている人々に、電話やメールで「お祈りをお願いします!」と頼みました。何もしてあげられない親としては、人々のお祈りにすがることしかなかったのでした。皆さんのお祈りの輪に支えられながら、病院の医療チームの懸命の尽力により、息子は後遺症もなく、3週間後には退院のメドがつくまでに快復しました。
ほっとしたのも束の間、今度は妻の父が肺炎を起こし、別の病院の集中治療室に運ばれました。私と妻は駆けつけてくれた親族や友人の方々と最善の治療の選択を模索しながら、お互いの絆が育まれてゆくのを感じました。
一命を取り留めた父親の面会を終え、息子の面会へと向かう夕暮れ時、「凸凹夫婦の僕等も、この1ヶ月は頑張ったよね...」と呟く私に、妻は静かに顔を向け、頷きました。