子育ての実り

中井 俊已

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日常生活の中で、子育ては地味で目立たず、いろいろと気苦労は多いけれど、なんと偉大な仕事なのでしょう。

人生において、人間を生み出し、愛し育てる仕事はなんと素晴らしいものなのでしょう。

子どもが生まれたとき、親はそのような価値ある仕事を神様から任されました。

その目的は2つあると私は考えています。1つは、自立した1人の人間を育て、その子を幸せにすること。もう1つは、子育てを通して親自身が成長し、幸せになることです。

子育てという仕事を通して、子どもだけでなく、子どもに関わる大人もまた人間的に成長し、幸せになっていけると思うのです。

誰もが感じるように、子どもを育てることは楽しくとも、決して簡単なことではありません。自分の弱さや疲れを感じながら、子どもと向き合う日々が続くことも多々あります。

であればなおさら、自分の両親も弱さをもちながら、自分を育ててくれたことに改めて気づきます。思い出をたどりながら、そこには親のかけがえのない愛があったと気づくでしょう。すると次第に親に対してこれまで以上に感謝できるようになります。

 

子育ては、神様から託された愛の仕事です。

子どもは、自分の良いところも悪いところも、すべて受け入れられることで、親のあたたかな愛を感じるものです。そして、ゆったりとした安心感と勇気をもって自立した人間に育っていけるようになります。

その愛は、神様の私たちへの愛と似ています。

神の子である私たちも、神様からまるごとそのままで愛されています。

私たちは子どもを育てながら、神様の大きな愛も感じることができます。そして、神様が愛するように、人を愛することができる人になっていけるのです。

子育ての実り

熊本 洋

今日の心の糧イメージ

子育ては、親の義務であり、その子の将来を左右する重大使命を帯びています。苦労も多いことですが、その喜びは、格別です。

子育て、生い立ちは、本来、親あってのことですが、なんらかの事情で、そうでないケースもままあり、これには、万全の対策が望まれます。子育ては、親の力、才能、何を信じるかによって、そのあり方も、大きく変わってきます。

インターネットを見ますと、「子育て」について8,000以上もの提案がアレコレみられます。その中には、「いろいろな説もあるけども・・天才児の育て方とは!?」という意見も披露されていますし、昨今、明治23年の教育勅語が蘇り、幼稚園の生徒にこれを暗記させるという事態まで起きました。

いかに、人々が「子育て」に苦労しているかの表れであります。

教育勅語といえば、忘れられていた「徳育」を思い出します。

学校教育の三本柱、「知育」「体育」「徳育」。その「徳育」とは、「社会や共同体において、秩序を保つために自然な心ある行動を促す教育」と定義されており、「徳育」によって育成されることは、1、自分に関すること。2、他人とのかかわりに関すること。3、自然や崇高なものとのかかわりに関すること、の3つが挙げられています。

この順序を逆にし、まず、「自然や崇高なものとのかかわりに関すること」を徳育の第一眼目とし、崇高な世界観のもと、自然に親しみ、美しいものに感動し、人間の力を超えたものに畏敬の念を抱ける、尊い人生を確立したいものであります。

これは、キリストの精神でもあり、「子育て」の目的とし、その結実を期待したいものであります。


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