子育ての実り

シスター山本 久美子

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シスターである私には、子育ての経験はありません。しかし、友人や職場の同僚たちが、子どもを授かり、出産し、子育てをする様子に感心したり、感動したり、不思議に思ったりすることが度々あります。そして、何よりも子どもが育っていく過程もさることながら、子育てを通して、人が「親」に成長していくプロセスは素晴らしいと思います。「子育て」は「親育て」と感じます。

シスターになる前、年上の女性からハッとさせられることを言われました。「シスターは、自分の子どもを産んだり、育てたりすることがないから、意識的に大人になるための心がけが必要」というアドバイスでした。修道生活を続けていますと、その人が言わんとしたところが身にしみてわかるように思います。

母親になっている友人たちは、無理なく子どもや家族を中心に考えることが身についていると、折に触れて感じます。シスターの場合は、自分の家族でなく、神様を中心にした霊的なつながりを大切にし、何時でも何処でも、自由にあらゆる意味での隣人、他者に奉仕することを考えるはずです。

しかし、現実的には自己中心的になりやすく、自分の時間や都合を優先させてしまう誘惑に度々遭っています。

シスターであるが故に心を開き、助けを求めてくださる人々の出会いを大切にし、喜んで時間や労力、神様からいただく賜物を分かち合っていくこと。時には、苦い思いをしたり、自分の都合を後回しにしなくてはいけないことがあったりしても、そういうことが、神の国の実現のために、血縁関係を越えた愛の交わりに招かれる、奉献生活者としての使命であり、それに応えていくことが「実り」だと思っています。

子育ての実り

三宮 麻由子

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私は4歳のころ、目の炎症が原因で視力を失いました。そのとき母は、「私はこの子を神様から預けられた」と思ったそうです。父も同じ思いだったのでしょう。私はそんな両親によって、優しく、またときには厳しく育てられました。

おかげで私は、全盲学生としては日本で最初の単身留学を果たし、上智大学初の点字受験を許されて入学し、翻訳と執筆という2つの夢を叶えることができました。

しかし、両親にとって私を育てた最大の実りは、私が自己実現できたことよりも、楽しく日々を過ごす技術と、苦しい中でもプラスのベクトルを探す前向きな性格を身に付けたことだと思います。なぜなら、母は常に、私が「楽しく生きられる」ことを揺ぎ無い最優先基準に据えて導いてくれたからです。

障害に伴う様々な困難に直面し、私は親にずいぶん心配をかけました。健常な子どもには必要のない付き添いや参考書の朗読・点訳など、苦労もかけました。でも、2冊目のエッセイ「そっと耳を澄ませば」が日本エッセイストクラブ賞を受賞したとき、あらためてそれまでのサポートにお礼をいうと、母はこう言ったのです。

「あなたを育てることは、とても楽しかったわ。青春を2度過ごせたようだったし、あなたががんばるから、楽しみが2倍になったと思う。社会人になってもあなたは夢を叶えようとしている。一緒に過ごせる日々に感謝しているわ」

結果だけに目を奪われず、楽しく豊かに日々を生きる。親が示してくれたこの基準は、いまも私の指針となっています。

そして講演や講義で教育の場に関わるとき、私も大人として、人間としての基準をしっかり持って人材育成に当たります。それが、社会の実りになると信じて。


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