2017年08月10日の心の糧

子育ての実り

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ 子どもたちに質問。大きくなったら何になりたいですか? 電車の運転手!、パティシエ!、お花屋さん!。子どもたちには様々な憧れがありますね。実際に仕事をしている姿を見て、将来の自分の姿をイメージして重ね合わせ、憧れるのではないでしょうか。

またこんな一コマも。砂遊びしている子供たちに「何をしているの?」...と尋ねたら、間髪入れず「女子会!」。幼稚園の子からの予想外な答えにとてもびっくり。確かによく見ると、そこで遊んでいるのは女の子だけでしたが。

子どもたちは、色々な物事に興味を持ち、同じようにやってみよう、真似してみようと思うのでしょう。女子会をしていた子たちはそれぞれ何を想っていたことでしょうか。

私たちは見たり聞いたりしながら、成長します。特に子どもにと って身近な人の存在、その行いや言葉はとても大きいですね。何気ない言葉、行動も伝わってゆきます。人の存在のすべてをもって、子育てをしていると言っても過言ではないかも知れません。

私たちは、大切にしたいものや、人に伝えたいものを自分なりに持っているでしょうか。そのことを子どもたちや人へ伝えようとしているでしょうか。私たちが伝えようとして生きてゆくなら、大切なものは、きっと大切な人へ伝わってゆくでしょう。もしかすると芽が出て実るのは、ずっとずっと先のことかも知れませんが。

慌ただしく「今」の時を生きている私たちですが、歩みを止めて子どもたちや身近な人々とともに大切なことについて話をし、互いに話し合ったりする時間を持ってみてはいかがでしょうか。たとえ短くてもその様な時は、私たちにとってきっと豊かな恵みの時、実りある時となるでしょう。

2017年08月09日の心の糧

子育ての実り

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ 最近、子どもの貧困をテーマにした本を読んでいたら、小学5年生にして、初めて、靴下を履いた少女の記録が載っていた。

実母はいたが、いわゆるネグレクトで、可愛がられた思い出は全くないという。

みかねた周囲の人が福祉施設に入れるようにしてくれ、そこで、初めて寮母さんに靴下を履かせてもらったという。が、足の裏はかさかさなので、寮母さんがやさしくクリームを塗ってくれた。

そのやさしい手の感触こそがその少女にとって、母親の愛情とはこんなものかと感じたらしかった。実母ではなく、他人の寮母さんに母を感じたのであった。

私は何も血のつながりがあるから親子だとは思わない。血はつながらなくても、愛があれば、乾いた心、固い心や冷たい心にも愛が浸透し、やがてはうるおわせると思う。

養護施設で働くシスターに聞いた話も忘れられない。

小学生の男の子は施設に入ってしばらくは靴を脱いで寝ることができなかった。

親の借金のため、いつも追われる身で、いつすぐに逃げなければならないかわからないので、夜も靴を履いたまま眠るのが習慣だった。しかし、シスターのあたたかく深い愛情が男の子を包み、安心が心身に広がり、靴を脱いで眠れるようになった。

砂漠の中にみつけたオアシスのような場所であり、人との触れ合いであっただろう。

些細な出来事かもしれないが、子育ての大きな実りだと私は思うのである。

一生涯、人を信じたり、愛したりを出来ない将来だったかもしれない少年少女に人間らしい喜びが芽ばえたのだから。

血はつながらなくても立派な子育ての実りなのだ。


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