2017年08月26日の心の糧

子育ての実り

小林 陽子

今日の心の糧イメージ 子どもが不登校をしていた時期がありました。

欠席続きを心配した担任の先生が家庭訪問にみえましたが、けっこうのんびりした方で、「A君、どうしていますか」と訊かれたので、「元気です。元気すぎて道草ばかりしていてすみません」。

すると、「やあ、元気ならいいんですよ。なんせA君は、まるで〈空たり間たり天然居士〉ですからなー」と、ゆったりしたものいいで、なにやら遠くをみるまなざしでいわれたのです。

「学校にくるとね、校庭の裏の樫の木に登って授業がはじまるのに気が付かなかったり、タヌキを追いかけて山に入り込んでいたり。ほんとにタヌキが出たんですよ。やっと見つけて、『コラ、学校にもどれ』といったら、『ボクいそがしくて学校に行くひまないの』って。はー、たいしたもんです」。

うちの子との相性は抜群の先生でした。もういまどきあんな先生はおられないでしょうね。

子どもは、私が育てたというより、勝手に、いつのまにか育っていたのでした。

神様からいただいたいのちを、こうなってほしい、こうしたい、というのではなく、タンポポや菜の花が勝手にのびて花咲かせるように、ずんずん伸びて成長していくのを邪魔しないよう。そう、「邪魔しないように」とだけは心がけました。

好き嫌いがぜんぜんない。食べ物にもひとにも。

怒る、ということがなく、急ぐ、ということもありません。やいのやいの急かしてもムダ、どだい急ごうという気がないのですから。

これでよかったのか・・・・わかりません。

今のような忙しい世の中で、ゆっくり生きることしかできない「変わりダネ」が育ってしまったのかもしれません。

でも人生、終りまでみないとわかりませんね。よかったかわるかったかなんて。

2017年08月25日の心の糧

子育ての実り

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ 幼児期に両親を失った私は父母のいる普通の家庭で子どもたちの母となるのが夢でした。それで結婚してすぐ長女が、そして2年後に長男に恵まれ、子育てに没頭しました。

長男の出産時に大出血して輸血で助かったので、子どもは2人で諦めていましたが、長女の入園を機にキリストの教えに触れ、洗礼を受けて信仰を得て安心したせいか、願ったら次男が、3年後に3男も安産で恵まれました。

高度成長期の当時「核家族で子どもは2人」が標準でしたが、私は4人の子どもに恵まれ、家計は大変でしたが、ちっとも苦になりませんでした。

 

夫の仕事の関係で11歳の長女を頭に3人の男の児を連れてアメリカで暮らした時、近所の子たちが遊びに来てアメリカ人の家族と親しくなり、彼らの明るい合理的な暮らしぶりや子どもの個性を褒めて伸ばす励ましの教育に教えられました。それまで私は子どもたちの悪い面ばかり見て直そうと焦っていたからです。

お陰で子どもたちは伸び伸びと明るくなり、私もプラス思考に変えられました。

 

傘寿を超えて私の半生を振り返ると「子育ては自分育て」だとつくづく想います。子どもたちの成長が私の人生となり、思春期や受験地獄、就職難など一緒に悩み喜んで、心の視野が拡がりました。

上の2人が結婚して孫も生まれ、ほっとした矢先、夫が癌に斃れ、看病する私は子らに助けられました.夫亡き後、新しい生き方を求めてアメリカ留学を決意した時も彼らの応援が力となり卒業できました。結婚した彼らが仕事に子育てにと励んでいる姿は私の誇りです。それぞれの特性で、例えば原稿の添削とかPCの操作、家屋の修理・点検などしてくれて、今や私は子らに支えられています。


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