2017年02月22日の心の糧


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始め善ければ ・・・

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ キリスト教では、何かを始める前に、「神のみ旨」を確かめることが勧められる。なぜなら、すべての人間は「神のしもべ」であり、「神のみ旨」のままに生きることこそが人間の幸せだと考えているからだ。だが、そんなことを言われると、反発を感じる人も多いだろう。「わたしの主人はわたし自身だ。自分の思うまま、自由に生きる権利がある」。そう考えたくなるのは、ある意味で自然な反応だ。

だが、そこに悪魔の巧妙な罠が隠されている。「自分の思うまま、自由に生きるのだ」とやりたい放題のことを始めた瞬間、わたしたちは欲望の奴隷になってしまうのだ。欲望の奴隷になった人は、「あれも欲しい、これも欲しい」とたくさんのものを追いかけるが、いつまでたっても心が満たされることはない。際限のない欲望に駆り立てられながら、一生、心に虚しさを抱えたまま生きることになる。「自分は自由だ」と思い込ませながら、まんまと人間を欲望の奴隷にする。それが、悪魔の巧妙な手口だ。

欲望の奴隷にならないためには、自分の本当の望みをしっかり見極める必要がある。

心の底から聞こえてくる、本当の望みの声にしっかり耳を傾けながら行動するのだ。自分の本当の望みを見つけ、それを満たすことによってのみ、わたしたちの心は満たされる。

心の底から聞こえてくる、わたしたちの本当の望みの声。それこそ、実は神の呼びかけであり、「神の御旨」だ。「神の御旨」に耳を傾け、「神のしもべ」として生きるときにこそ、わたしたちは自分の主人になることができるのだ。心の底から聞こえてくる、本当の望みの声に静かに耳を傾けることを、キリスト教では「祈り」と呼ぶ。すべてのことを「祈り」から始めたい。