あいにく父母は留守であった。渡すとおばさんは急ぎ足で帰って行った。
父母が帰宅し、その旨伝えると、父母は絶句し、「あらよね、あん人が5百円包むということはどげんに大変なことか、明日、食べる米はあるとじゃろか」と案じ、早速、父が米袋に米を入れて持って行った。
やっぱり米を買うお金にも困っていたらしく、父の持参した米をとても喜んでくれたというのであった。
「ミンコよい、昔から義理とふんどしはかかねばならぬっていうけんね。あん人が、あがが大阪へ行くとば知ってさ、何とか5百円ば工面して持って来たとよ。あん人の5百円は他の人の5千円より値打ちがあるとよ。気持ちがさ、いっぱい詰まっとっとよ。あん人ん気持ちは将来に渡って忘るんなよ。」と父母はいった。続けて「イエズスさまでんさ、わずかなお金しか出来ん人の方ば価値があるっち認めたって、こないだ神父さまが朝の説教の時にいいよったとよ。そん時の自分の精一杯の気持ちばあらわすっち大事なことたいね」ともいった。
私の旅立ちの時、精一杯のはなむけをしてくれたおばさんを時々思い出す。その情景はわたしにとって一枚の美しい絵となっている。