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旅立ち

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ

私がふるさと五島列島から大阪へ旅立ったのは18歳の春であった。

今からもう50年余りも前のことなのに、私はその頃のことをよく覚えている。

私が旅立つ3日ほど前に、血縁のおばさんがやって来て、チリ紙にくるんだものを私に渡した。

「おじさんやおばさんにはお世話になっとるけん、もっと包みたかとじゃばってん、これが精一杯じゃけん、かんべんしてくれろ」といいつつ、私の手をとってその包みを握らせた。

あいにく父母は留守であった。渡すとおばさんは急ぎ足で帰って行った。

父母が帰宅し、その旨伝えると、父母は絶句し、「あらよね、あん人が5百円包むということはどげんに大変なことか、明日、食べる米はあるとじゃろか」と案じ、早速、父が米袋に米を入れて持って行った。

やっぱり米を買うお金にも困っていたらしく、父の持参した米をとても喜んでくれたというのであった。

「ミンコよい、昔から義理とふんどしはかかねばならぬっていうけんね。あん人が、あがが大阪へ行くとば知ってさ、何とか5百円ば工面して持って来たとよ。あん人の5百円は他の人の5千円より値打ちがあるとよ。気持ちがさ、いっぱい詰まっとっとよ。あん人ん気持ちは将来に渡って忘るんなよ。」と父母はいった。続けて「イエズスさまでんさ、わずかなお金しか出来ん人の方ば価値があるっち認めたって、こないだ神父さまが朝の説教の時にいいよったとよ。そん時の自分の精一杯の気持ちばあらわすっち大事なことたいね」ともいった。

私の旅立ちの時、精一杯のはなむけをしてくれたおばさんを時々思い出す。その情景はわたしにとって一枚の美しい絵となっている。