人生の教訓

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

函館郊外にある駒ケ岳の麓で、私はヤギや豚、羊を飼って暮らしています。こんな生活をなぜするようになったのでしょう。

私が育ったのは、工場地帯の真ん中にある社宅でした。煙突の煙と騒音、悪臭がする川。

8歳の夏、「アルプスの少女ハイジ」という本に出会い、感動しました。ハイジの住むスイスの山には、木々を渡る風の音や鳥のさえずりがあふれ、花の香りに満ちているのです。

<私、絶対日本のハイジになる>そんな夢を持ったのでした。

夢を実現するために、私は農業大学に進学しました。2年生の冬、1人の青年に出会いました。彼は作家になりたいと夢を語り、私は日本のハイジになりたいと話しました。

<お互いの夢を大切にしよう>と、大学卒業後に結婚。私は広告マンの妻となったのです。

その後、夫は、仕事のご縁で歌手、さらに作曲も手掛け、若い頃からの夢だった、作家になることもできました。

私は3人の子供の世話、そして両親の介護に追われ、夢どころではありません。子供が成長し、両親を天国へ見送ったある日、私は思いました。今こそ夢を実現する時だと。

夫の講演旅行で函館郊外の大沼を訪れ、森の中にある山小屋を見たとき、夫が言いました。

「ここなら、君の夢がかなうかもしれないね」

夫の定年を機に大沼へ移住し、ヤギや豚、羊の飼育を始めました。夢に見たハイジのような暮らしです。動物たちの飼育に、子育てや介護の経験が役に立ちました。昔の仲間たちも応援してくれます。記念すべき最初の豚は、大学時代の同級生が世話してくれました。 自分は大きな回り道をしているのではないか、と思ったこともありました。でもそうではなかった。人生に無駄な回り道は一つもないと、今はしみじみ思います。


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