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子供に手本を

シスター 菊地 多嘉子

今日の心の糧イメージ

かつての教え子が、長男を連れて会いにきてくれました。玄関先で、母親のあとからスリッパに履き替えた子供は、くるりと後ろに向きを変えると、小さな手で自分の靴をおき直したのです。四歳に満たない男の子が・・・。ごく自然なふるまいから推して、これが身についていることは明らかでした。最近は年齢を問わず、こうしたゆかしい作法を心得ている人はまれにしか見られません。大勢の若い訪問客があると、玄関先は脱ぎ捨てたままの靴で足の踏み場もない有様です。

あどけない幼児の動作を感心して眺めながら、私はこの子の母親が高校生だった時のことを思い出していました。教師に対する礼儀をわきまえた敬いの態度、同級生への思いやり、表立たずに率先して奉仕に励む姿勢など、感心させられることの多い生徒でした。初めての保護者会で母親と面談したとき、この生徒が受けている家庭教育、とくに母親の生活態度や対人関係が大きな影響を及ぼしていることに気づいたのです。

結婚して自らが母親になった今、かつて家庭で親から学び、身についたゆかしい生き方をそのまま、おそらく自覚することなく継承しているのでした。

幼い子供は、母親の一挙手一投足をじっとみつめて、それに倣います。さらに、言葉や動作に自ずと表れる内心の動きを敏感にとらえて反応し、いつのまにか親の思いをそのまま自分のうちに取り入れてしまうのです。わが子の心に、他者の苦しみや悲しみに共感し喜ぶ人と共に喜び、助けを必要としている人にいち早く手をさし伸べる優しさを育むことのできる親は、人生の途上で、すでにその報いを楽しむことができるでしょう。