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いつくしみの特別聖年

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

昨秋、高校の傘寿同窓会で故郷に帰省しました。既に天に召された方や体調不良で参加出来ない方もいて24名の参加でしたが、何はともあれこうして集い、互いに歓談できることを感謝した一夕でした。

故郷の暖かさを満喫して帰宅すると、庭に1本の白百合が清楚な花を咲かせていました。雑草を抜く時、百合と分かる草は初秋に庭のあちこちで咲くのが楽しみで残すのです。今年も10ほど咲きましたが、庭の中央の敷石の間に育ったこの百合は小さい蕾のままでした。それが私の帰省旅行中に咲いたのです。思わず「良く咲いたね!」と花をなでてやりました。そばに小さな蕾の百合が3本、これも遅まきながら懸命に自分の花を咲かせようとしています。そのいじらしい姿に、イエス様の言葉を思い出しました。「野の鳥や百合をみよ。蒔きも紡ぎもしないのに、栄華を極めたソロモンよりも美しく装っているではないか。だから思い悩むな。全てを神のみ手に委ねて生きよ・・・」。(参:ルカ12・24〜31)

そのイエス様に倣い、清貧と愛一筋に生きた中世の聖人・アシジの聖フランシスコを想い、更にその聖フランシスコに倣うべく、教皇職にその名前を選ばれた現教皇フランシスコが、「いつくしみの特別聖年」を公布されたことを想いました。

天の御父である神のいつくしみを溢れんばかりに受けて、その恵みの力に生きておられる教皇様だからこそ、全ての人にその神のいつくしみの賜物を、無償の愛と力、赦しの喜びや平安を体験してほしいと望んでおられるのです。

私も神を知り、そのいつくしみを受け、共にいて下さるイエス様に祈る事で、どんなに救われ、導かれて来たことでしょう。それを想うと感謝に堪えません。だから私も周りの方々にこのいつくしみ深い神と救い主イエス様をお伝えしたいのです。