▲をクリックすると音声で聞こえます。

共にいる神

服部 剛

今日の心の糧イメージ

その日、かつて朗読会の司会をしていた想い出の街で人と会う約束をしていた私は、昼食を取るため、ファミリーレストランに入りました。久しぶりに訪れたその店は、経営者も店内の雰囲気もガラリと変わり、時の流れを感じました。

食事を終えた私が顔を上げると、黒い犬に手綱を引かれながら若い女性がレジの前を右往左往している姿が目に留まりました。女性に気づいた男性の店員は走り寄り、「こちらです」と声をかけると、そっとおつりを手渡しました。女性は一礼してから振り返り、傍らの黒い犬と共に私の前を通り過ぎ、思いのほか軽快な歩調で硝子のドアに近づくと手で押して、店の外へと出ていきました。

ほんの数十秒間の出来事でしたが、女性の毅然とした明るい表情が心に残り、なぜか女性と黒い犬の後ろ姿が見たくなった私は立ち上がり、店を出て、その姿を捜しました。すでに遠のいている背中を見送った後、再び店に入って腰かけ、ひと時頬杖をついて(あの女性は目が不自由ながらも傍らの犬と共に、何かを感じ取りながら、日々を生きているのでは...)と、想いを馳せました。同時に(はたして私には、本当に大事なものが見えているのだろうか?)と、心の中で問いかけました。

会計の際、「以前の店の頃によく来たもので」と言うと、男性の店員がにっこりと「今後は当店をお願いします」と返す言葉に頷いてから、私は店を出ました。

目の不自由な女性と黒い犬の後ろ姿を脳裏に浮かべながら歩いていると一瞬、そよ風が頬を撫でていきました----あの黒い犬のように、いつも傍らにいる(同伴者イエス)の存在を心の何処かで感じ...不思議な歓びに満たされながら、待ち合わせの場所へ続く道を、私は歩いていきました。