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天の国の鑑

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

函館郊外、大沼に住む友人T子さんの話をします。T子さんは、夫を亡くしてから悲しみのあまり、眠れない日が続いていました。半年後、水を飲もうと夜中に起き、つまずき転んでしまいました。左手と背骨、さらに足首を骨折してしまったのです。痛みで身動きができません。かろうじて動く右手で、ずるずると這ってベッドまで行きました。

夜が明けると、T子さんは友人Mさんへ電話をかけ、身動きが取れないと訴えました。驚いたMさんはすぐに駆けつけ、T子さんを病院へ連れて行きました。

病院からT子さんは手と足にギブス、腰にコルセットを付けて戻ってきました。立って歩けず、匍匐前進しかできません。見舞いに訪れた友人Sさんは、すぐに役場から車いすを借りてきてくれました。更に、掃除などをしてもらう手続きをしてくれました。

T子さんの息子が大阪から駆けつけました。大けがをした母親を見て、言いました。

「一人暮らしは、無理だよ。僕と一緒に暮らそうよ」

T子さんは断りました。

「みんなが助けてくれるから、大丈夫」

病院の診察日に私は彼女を病院へ連れて行きました。次の診察日にはSさんが連れて行きました。隣のK子さんは、T子さんのところへ食事を運んであげました。お昼を一緒にすることもありました。

2か月も経つと、T子さんは驚異的に回復し、自分で車を運転することができるようになりました。彼女は一人ぼっちでないことに気が付き、すっかり明るさを取り戻しました。

雪が降るたび、近所のS太郎さんはT子さんの家へ雪かきに行きます。

「通院から買い物、食事の世話から雪かき、掃除まで。ここは寒さが厳しいけれど、心の温かい人がたくさんいる。まるで天国のようだわ」

T子さんは涙を浮かべるのでした。