▲をクリックすると音声で聞こえます。

古い自分を捨てる

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

私が長男を出産したのは、今から40年ほど前の春のことでした。初めてのお産だったせいでしょうか、陣痛が起き入院してから、生まれるまで2日ほどかかりました。子供は元気な産声を上げました。私と夫は、ほっと安心したものです。ところが、出産3日目のことです。ベッドから起き上がると、下腹に激痛が走りました。あまりの痛さに意識を失いそうです。ベッドに倒れこむと、看護婦さんを呼びました。

出産のときにできた傷が化膿して大きな穴が開いていたのでした。すぐに手術するべきなのですが、出産後まだ日が浅い私に手術は無理だと判断され、薬で治すことになりました。1か月後、診察を受けると、傷は少しだけ塞がってきていました。

「退院して、様子を見ましょう。」

退院は嬉しい。しかし、体力が回復したら手術をしなければと思い、気持ちが沈み込むのでした。

長男を抱いた私は、ようやく家へ帰ることができました。1か月ぶりの我が家です。リビングに入ると、窓から明るい光がさんさんとさしていました。

「いつの間にか、こんな季節になっていたのね。」

リビングに続いて作られたパーゴラには、無数のピンクのバラが満開に咲き誇っていました。

「なんて美しいのでしょう」涙と笑みが自然にこぼれ落ちました。

それからです。弱っていた私の体力がみるみる回復したのは。母乳も良く出るようになり、息子も肥ってきました。

退院1か月後の診察で、傷が完全に塞がっていることがわかりました。手術は必要なくなったのです。

あの日、私は古い自分にさよならしたのだと思います。そして、明るく前向きな新しい自分に出会ったのです。そのきっかけを作ってくれたのは、ピンクのバラでした。ありがとう。私はバラに感謝したのでした。