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人生は学び

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

毎週、必ずやらねばならないことが、私にはあります。それは、日曜日の礼拝での説教作りです。私が神父であり続ける以上、これからも生涯続いていく学びです。

今から20数年前、神父になったばかりの頃は、しっかりと説教原稿を作っていました。一言一句、礼拝での説教中に間違わずに読むための原稿でした。かといって、あまり堅苦しいものではなく、また、長すぎるものでもなく、できるだけ皆さんに語りかけるような調子で文章を作っていました。

しばらくは、説教原稿作りのゆとりもありましたし、新米神父として真面目に準備もしていたのですが、ある時、どうしても時間が作れなくなり、説教の準備がほとんどできずに礼拝を司式することになってしまいました。

何を話したのか、すっかり忘れてしまいましたが、とにかく、たどたどしくお話して、説教壇を去ったのを覚えています。

「あぁ、もっとしっかり準備しておけばよかった」と落ち込んでいる私に、信者さんたちは「神父さん、今日の説教はよかったですよ。」と口々に仰って教会を後にされていました。新米神父の落ち込みに慰めのお言葉をかけてくださったのでしょう。

ところが、これに味をしめた私は、それから説教原稿を作るのをやめてしまいました。原稿を読むよりも、とつとつと聖書の言葉について語る方が、信者さんからの評判がよかったからです。

以来、同じような説教スタイルを続けていますが、聞いてくださる相手が変わると、同じ聖書の個所でも、お話する内容は若干、変わります。不思議なことに、聖書が語りかけてくる個所が新鮮味を帯びて変わっていくこともあります。

つまり、聖書とは生涯、学び続けられる命の言葉であり、聖書と向き合っていく人生は学びなのだ、と私は思います。