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私にとっての復活とは

小林 陽子

今日の心の糧イメージ

かつて一度として主の十字架を、死に至るまで真に味わい、担ったことなんてなかったのだと、今ごろになって悟りました。驚くべき体験でした。

ミサの中では毎回、「十字架につけられて死に、葬られ、陰府にくだり、3日目に死者のなかから復活し・・」と信仰宣言を唱えていますのに。だいたい、陰府とはどんなところ?と思いを馳せてもリアリティなし、です。

それが突然やってきたのです。わたしの人生の「切り株状態」が。いままで、意識もせずにそれがある日突然喪われるなど思いもしなかった大切な人、物、お金などのすべてを奪われるなんて。

まさしく東日本大震災の被災者のかたがたが、それを体験なさったのではないでしょうか。大切な家族も家も財産もすべてを津波に呑み込まれて。

なにも考えられなくなり感覚もマヒして、ただ茫然と立ち尽くすばかり。「神さま、どうして、私を見捨てられたのですか?」十字架上の、主イエスのこの断末魔の叫びに、私自身、はじめて、ほんとうに心から実感することができました。

そうか・・・イエスさまこそ、一番身近にいてくださるのだと。たえず傍らにいた弟子達から裏切られ、おん父にまで見離され、陰府にくだられたのでした。

イエスさまはわたしとともに、わたしのために死んでくださいました。完全な受け身で。

主はここにおられる!この絶対の孤独の沈黙のうちにわたしと共にいてくださる!

わたしときたら、主に倣って十字架を担うなんていやだ・・イエスさまが背負ってくださったのだから、わたしはいい・・と逃げまくっていたのでした。

ふいにいいようのない静けさと安らぎに充たされ、あたたかい愛に包まれたのです。切り株に芽が出て私の心に灯がともるように。