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先輩に倣う

シスター 菊地 多嘉子

今日の心の糧イメージ

学生時代に、また社会生活の中で、よい先輩に恵まれたありがたさを忘れがたく思い出します。教師とも違う、同期生とも違う、友人のような親しさを覚えながら何でも打ち明けて話すことができる。それでいて、同じ道を一歩先に歩んできたその人、「先輩」と呼べるその人とのかかわりは、独特であると言えるでしょう。豊かな経験と知識を持ちながら、こちらの立場にたって、目的達成にどう向かうべきかを、ともに探究する謙虚な姿勢が「わかってもらえる」安心感と信頼感をおこさせます。

離れていても、仕事に追われていても、こちらの必要に応えるのに時間を惜しまない、つねに優しい笑顔で迎えてくれる思いやり、自分を忘れて相手を優先させるこの心構えを、私と信仰を同じくする先輩は、どのようにして身につけたのか。それを知りたいと思ったとき、脳裏に浮かんだのは使徒聖パウロの言葉でした。最高の道である愛を謳ったパウロは、私たちが「たとえ、山を移すほどの完全な信仰を持っていても、愛がなければ何ものでもない」と諭しています。(㈵コリント13・2)

「愛は寛容で、慈悲深く、ねたまず、高ぶらず、誇らない。・・人とともに真理を喜び、すべてをこらえ、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え忍ぶ」。(同13・4~7)ここには、どのような立場にある人にも求められる、対人関係のあるべき姿が説かれていますが、もし、先輩と呼ばれる人に、後輩がこのような姿を見ることができるなら共同体は変わっていくでしょう。「愛を追い求めなさい」(同14・1)と勧めるパウロの言葉を、私たちが先輩と後輩に向けられた言葉として受け止め、実行していくことができますように。