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先輩に倣う

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

「先輩に倣う」ことで色々の人生の危機を乗り越えてきました。 私の性格の一つに「激しい」ところがあります。この個性がそれぞれの人生の局面を支配しました。

50年以上も付き合っている学生時代の親友と、自分の性格への反省談義をしてみました。検事をしていたA君は学生時代同様、人の欠点を抉り出して優越感に浸っている自分が嫌いだよ、と云いますし、大学の教授をしていたB君は青春時代同様に、いつも人の美しい所を努力して意識化して、その長所を倣う努力をしないと、すぐ傲慢になるからと反省していました。50年経過してもA、B両君の傾向は同じでしたし、その両君は「君は学生時代から激しかったね」と笑っていました。1960年に日本の大学を卒業し、今、2014年にこのような性格反省談義を学友としたわけですが、この54年間は実に色々の歴史がありました。

私の洗礼名はパウロですが、何故、パウロを選んだのか、その高校生時代の熱い想いが急に懐かしくなりました。自分の洗礼名を決める前に色々の伝記を読み、性格の激しい人物に魅力を感じました。それが聖パウロでした。迷わずパウロに倣う決意をした青春を今、とても懐かしく思います。厳しい現実を逞しく乗り越えていく闘志。洗礼名パウロの名前に負けぬようにいつも自分を奮い立たせていた自分を思い出します。パウロの激しさに倣おうと努力しなければ、私は多分、挫折した人生をおくったような気がします。泣き寝入りの嫌いな私が選んだ洗礼名パウロ、高校生時代に読んだ、テサロニケの信徒への手紙1の1~6、「わたしたちに倣う者、そして主に倣う者」という言葉が私の人生に大きな影響を与え続けています。