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平常心

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

立ち稽古も大づめ、舞台を見つめる演出家が大声をあげています。

「いつも通りに動いて!」「特別なことはしなくていい。普段はどうしているかね、君は。」

固くなって立ち往生の役者に向かって、思わずスタッフのひとりが「平常心、平常心!」と声をかけました。

平常心とは、人が最もふつうに常日頃保っている、その人らしい心理状態のことです。自分の平常心とはどういう状態なのかと意識してしまうと、その時点で特別なものになってしまうので、平常心で居られるということは、案外難しいことだと思います。平常心が自然で無意識に近いものだとすると、その人の平常心を正しく知っていて下さるのが、神様ということになるでしょう。

聖書に登場する人々の中に、平常心の手本を求めることが出来ます。湖が荒れても静かに眠っていらしたイエズス様は、弟子達に起こされると風を叱りつけ、湖を凪にされ何事もなかったように「なぜ、怖がるのか、まだ信頼しないのか。」とおっしゃいました。(マタイ8・26)マルタとマリアの姉妹も、気を遣い立ち働くマルタに比べ、じっとイエズス様の話に聞き入るマリアは、自分に正直な飾らない人という印象で、平常心で居たことが解ります。

周囲の刺激に一喜一憂で精神的に落ち着かない現代人は、平常心を失いがちです。自分ひとりになって内面を見つめ、黙想して自分の自然体を受け入れ、こんな存在を丸ごと許し、生かして下さる神様に感謝して日々を送るなら、自然にその人らしい平常心が身に付くのだと思います。そして、平常心を保つことの快さに慣れるとイライラや感情の高ぶりをコントロール出来るようになり、堂々とした態度で人生を歩んでいけるはずです。