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自然に親しむ

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 留守番をする猫のためのDVDがある。飼い主が出かけた後、画面に流しておくと、室内でひとりぼっちになる猫のストレスがやわらぐらしい。木の枝を走るリスや飛ぶ蝶々、水辺で遊ぶ小鳥たちなどの映像を猫はとても喜ぶ。つい夢中になって、画面を叩いたり、小動物が動く方向へ、自分もジャンプしてしまったりもする。その様子を見ると、人間の家で生まれ育つ猫も、実は、野生の生きものだったのだと改めて思わされる。

 私たち人間も、本来は自然の生きもの、自然の一部なのではないだろうか。大自然は時に、人間の生命を脅かすが、それでも私たちは、透き通った海や晴れ渡る空、小鳥の囀りや川のせせらぎを心地よく、美しいと感じている。仕事に疲れ、人間関係に悩む時など、自然の美しさに触れると、いるべき場所に戻ったかのように、心が癒やされる。

 都会を離れ、山や森の中を歩くのは、休日の楽しみだ。煩わしさを忘れ、心を澄ませていると、木々のあいだから、静かな声が聞こえてくるかもしれない。

 「あなたは誰?」

 それは、踏み込んできた闖入者に驚く生きものたちの声のようでもあり、身勝手で傲慢な人間を穏やかに諫める光の声のようでもある。「あなたは誰?」それは、私たち人間を裸にする問いかけだ。自然の中で、人は人間社会の装備を解き、虚栄を捨てて裸になれる。その時、どんな自分自身に出会えるだろう。

 樹齢千年の大木の前で、一瞬の命である羽虫の前でさえも、私たちは小さな存在だ。だが、小さな自分たちが一体誰なのか、求めて止まない生きものでもある。静かな声は問い続けてくれるだろうか。願いを込めて、耳と心を澄ませていたいと思う。