何か、本当に困っている時、ふっと「おとうさん、どうしよう」とつぶやいている自分を感じます。
父も母もいなくなったいま、私は前にもまして、両親が見守ってくれているはずだと思うのです。それは、彼らが、すでに神様のもとに到着しているという確信のようなものがあるからでしょうか。
私の場合には、私が何か本当に困ったとき、父は、面と向かっては何も言いませんでしたが、困った顔をして一緒に困ってくれたような気がします。そして、母は、何かにつけ、気丈に「大丈夫よ」と言うのです。実際母は、亡くなる前の日に、病院から帰っていく妹に「大丈夫よ」と言ったそうです。
私が若い頃に、妹と一緒にヨーロッパを旅行したことがありました。その時、妹はホームシックになり、帰りたくてたまらなくなったのです。でも、私にとっては一生に一度のチャンスでした。その時、父から旅先に手紙が来て、「よく考えて、あなたの良いと思うようにしなさい」と言ってきたのです。これには参りました。これだけ信頼されていれば、自分だけのことを考え、好き勝手などできないと思ったのです。たぶん、これが父親らしい態度なのだろうといまでも、とても懐かしく思います。