
Yesterday is a history
Tomorrow is a mystery
Today is a gift
That is why we call it the Present
昨日はもう過ぎた歴史
明日は未知の世界
でも今日という日がある
それは贈り物
だから「今」のことを英語で「プレゼント」という。
つまり、過去に囚われず、未来を思い煩わず、与えられた環境の中で、「今日」やるべき事を精一杯、心を込めてやるようにということです。しかし、その「今日」という日も、一瞬、一瞬の積み重ねですから、「今」のこの一瞬、一瞬をいかに過ごすか・・・ということが将来の幸せへの大切な鍵になるのでしょう。そしてその今の中に、神様の愛の力が共に働かれるからでしょうか?厭なことをされた人でも許せる優しい気持ちになれるから不思議です。
小さなことでも、何かいいことをしようと思ったら、「今でしょと勇気を出して、どんどん実行してゆきたいものです。

私達は家族の中や学校や職場などお互いに見知っていて、気持ちをわかりあえる間柄であれば自然に親切に出来、情愛や敬愛を込めた行動を実践出来ます。ところがイエスが話された追いはぎに襲われた人と、通りがかりのサマリア人は全く見ず知らずの他人です。そればかりか普段は交流のない、差別される関係の人同士だったのです。
マタイの福音書5章44節には「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」という重いみ言葉があります。やはり究極の愛を目指すなら、敵対する人に対しても、惜しみない愛情をそそぎ許すことの出来る、大きな心と勇気を持って博愛を実践することであり、神様は人類にそれを望んでいらっしゃるのだと思います。