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子供に手本を

小林 陽子

今日の心の糧イメージ

 ピアノを習い始めたのは小学3年生だったでしょうか。母よりも少し年上の女の先生でしたが、どんな曲でも、繰り返しご自分で弾いて聴かせてくださいました。

 はじめのバイエルから、ソナチネ、ソナタ、そうして好きな曲を持っていくようになってからも、先生はまず丁寧に模範演奏をしてくださった。私ひとりのために。

 ちょっとごめんなさい」

 といってピアノの前に坐り、生徒の私がかわってその隣に立ってじっと先生のピアノを聴き鍵盤の上をうごく指をみつめていました。今にして思えば、そんなふうにして音の微妙なひびきや和音の美しさ、弾くことは歌うことなど、たいせつなことを言葉の説明によるのではなく実践によって教わっていたのでした。

 だって「はい、そこはもっと歌って」といわれても、実際にピアノが口を開いて歌うわけではありませんからわかりませんよね、7つか8つの子供には。

 そう、先生がピアノで歌って聴かせてくださったので、知らず知らずからだが覚えていったのでしょう。

 レッスンに通ったのは、坂道の下の古い先生のお宅でした。くすんだ色あいの額縁の中の絵のように思い出されます。

 少し薄暗い応接間に2台のピアノが並んでいて、堅型のピアノが私たち子供のレッスン用でした。放課後の午後の時間、静かな応接間でのひととき。そのころは特にピアノが好きでもなく、ただ母の言うことをきいて通っていただけでしたが・・・。

 ずうっと後になって教会のミサのオルガン伴奏の奉仕が巡ってきました。

 「はい、歌って」と先生の声が聞こえてきます。

 はるか彼方から、でもはっきりと。